母の涙


池田ひろひで


1歳のころ 母と一緒に
1963年 広島県の実家で












青年たちと一緒に 日本共産党
東日本大震災のボランティア活動









宮脇俊彦(伊勢原)と 釘丸久子両
市議会議員らと原発0集会に参加






 
 




現在の日本の原発が抱えている問題点 ――― 原発ゼロの日本を目指して
 


 福島原発の事故から、原発が抱える問題を考え、反原発運動動が、全国各地で広がっています。『原発ゼロ』の運動では、首相官邸前の『再稼働反対』の抗議行動が、10万人〜20万人が参加する空前の規模の運動に発展しました。

原発事故には、他の事故にはみられない「異質の危険性」がある  

 原子力発電は一度事故が起きると、現代の人間の力では制御ができなく、また、使った核燃料の後始末もできない、未完成で危険なものです。
 ひとたび重大事故が発生し、放射性物質が外部に放出されると、それを抑える手段は存在せず、被害は、空間的にどこまでも広がる危険があり、一時の事故だけに収まらず、長年にわたって危害をおよぼす可能性があり、地域社会の存続さえも危うくします。被害がどうなるかを空間的、時間的、社会的に限定することは不可能であり、他に類をみることができません。

 一度起きたら社会に、このような他に類のない『異質な危険』をもたらす現在の原発というものを、この日本の社会に許容できるのかを、いま改めて考える必要があります。

現在の原発技術は、本質的に未完成で危険なもの

 現在開発されているどんな型の原子炉も、核エネルギーを取り出す過程で、莫大な放射性物質=『死の灰』を生み出します。100万キロワットの原発が1年間稼働すると、広島型原爆1000発を超る死の灰がたまります。
 この莫大な死の灰を、原子炉の内部に安全に閉じ込める手段は、現代の技術では、まだありません。それは、わずか30年余りの間に、それぞれ条件や原因は異なるものの、スリーマイル原発事故(1979年)、チェルノブイリ原発事故(1986年)、福島原発事故(2011年)と、人類が3回もの重大事故を体験したという事実で証明されています。 原発がそのなかに巨大な死の灰をかかえ、それを閉じ込める手段がないことに、原発がもつ重大な『危険の本質』があります。

 合わせて、現在わが国のほとんどの原発で使われている『軽水炉』という原子炉には、固有の弱点があります。『軽水炉』の仕組みは、運転中はもちろん、運転中止後であっても、冷却水で炉心を冷やしつづけることによって、かろうじて安定が保たれるというものであり、冷却水がなくなると、わずかの時間に炉心が溶け、コントロール不能に陥ってしまいます。これは、冷却水がなくなった場合に、それを解決して原子炉を安定的な方向に向けていく、原子炉としての固有の安定性をもっていません。こうした『軽水炉』の構造上の問題は、スリーマイル島事故で現実のものとなり、事故後の米国議会の報告書でも、軽水炉の欠陥として指摘されていた問題でしたが、福島原発事故では、これがより深刻なかたちで問題になりました。

 さらに、『使用済み核燃料』を後処理する方法が、まったく見つけ出されていないことも、現在の原発技術の最大のネックとなっています。政府は、青森県六ケ所村に建設した再処理工場に、全国原発で生じた使用済み核燃料を集め、再処理・再利用する計画でしたが、この施設は原発以上に技術的に未完成で危険なもので、実際に多くの事故を起こし、稼働する目途がたっていません。仮に稼働したとしても、その結果生まれる高レベル放射性廃棄物をどう処分するかについては、答が出ていません。再処理工場が稼働せず、再処理工場の中の貯蔵プールに貯蔵されている使用済の核燃料もほぼ満杯なため、原発で生じた使用済み核燃料は、それぞれの原発の貯蔵プールに貯蔵されていますが、あと数年で満杯になる原発も少なくありません。この使用済み核燃料の貯蔵プールも、冷却しつづけることが必要であり、それができなくなったときには、放射能汚染の発火点になることは、福島原発事故で実証されました。

 莫大な放射能を閉じ込めておく手段がないどころか、その構造において本質的な不安定性をかかえ、放射性廃棄物の処理方法にいたってはまったく見通しがないような未熟な技術を、使い続けていてよいのかが、いま問われています。

世界有数の地震・津波の国、『日本』に集中立地することの危険性

 こうした危険性をもつ原発を、世界有数の地震国であり、世界一、二の津波国である日本に、集中させ建てることは、大変に危険なことです。地震など外部要因による原発の重大事故は、内部要因による重大事故の数倍から10倍程度の確率で起こるとの研究もあります。日本での原発の危険性は世界中で特別に高いといえます。

 政府は、東海地震の想定震源域の真上につくった浜岡原発を、一時停止させました。浜岡原発が、地震・津波とのかかわりで、高い危険性をもつ原発であることは明らかであり、一時停止ではなく、廃炉とすべきです。
 それでは、その他の原発が、地震・津波とのかかわりで危険が少ないのかといえるのか。政府は福島第1原発が震度6以上の地震に襲われる確率を、地震の3カ月前の時点で、『0・0%』と予測していました。だが実際には、震度6強の地震が原発を襲い、津波が襲来する前に福島原発は、大きな破壊を受けていたことが明らかになっています。

 東日本大震災によって、これまでの地震や津波による危険の専門的な知見を見直す必要が学界からも指摘されています。地震予知連絡会の島崎邦彦会長(東京大学名誉教授)は、「私たちは、日本海溝ではM9級の地震は起きないと思い込んでいました」「今回の地震発生で、これまでの地震学の大きな枠組みや専門的な考え方を変えなければならないことがわかりました」と語っています。
 地震予知連絡会の茂木清夫元会長(東京大学名誉教授)は、「いままでないから今後もないとは言えないということを、今回の地震で教えられた」「地震も物の破壊も、まだよく分からないことが多い。原子炉本体は頑丈でも、複雑な配管や装置が取り巻く複合体だ。弱い所に力が集中したら何が起こるか分からない。絶対大丈夫なんてことは絶対に言えない」と語っています。

 地震に対する科学的知見の到達点は、それぞれの原発の地震による危険性を科学的に評価するところまで進んでいるとは言えません。日本国土のなかで、大地震や大津波の危険性のない『安全な土地』といえる場所はありません。日本にある原発で、大地震や大津波にみまわれる危険性がないと断言できる所は、ひとつもありません。

福島原発事故は自然災害ではなく人災 ―原発『安全神話』への固執が原因

 歴代政権が、電力業界の経営陣とともに、日本の原発は安全とする『安全神話』に固執し、繰り返しの警告を無視し、事故への備え、有効な対策をとらなかったことが、福島原発事故によってもたらされた結果です。

 『安全神話』は、日本の原子力行政の発足当初からの深刻な病弊であり、特に、スリーマイル原発事故、チェルノブイリ原発事故という二つの過酷事故(炉心溶融にいたる重大事故)での教訓を、日本政府がまったく学ばなかったことは大きな誤りです。

 二つの過酷事故を経て、国際原子力機関(IAEA)は、1988年、『原子力発電所のための基本安全原則』の勧告を各国におこない、過酷事故への拡大防止策をとるとともに、過酷事故が起こった際の影響緩和策をとることによって、大規模な放射能流出の危険を減らすことを呼びかけました。
 しかし日本政府は、この勧告を無視して、「日本では過酷事故は起こり得ない」とする『安全神話』に固執する方針を決め(1992年、原子力安全委員会)、過酷事故を防ぐための備えも、過酷事故が起こった場合にその影響を最小限のものにするための備えも、まったくとってきませんでした。
 2005年には、日本共産党の吉井英勝衆院議員が国会質疑で、福島第一第二原発で、大地震と大津波が同時に原発を襲えば、『全電源喪失』が起こり、炉心溶融の危険性があることを具体的に指摘して改善を求め、また、2007年には、日本共産党が、『福島原発10基の耐震安全性の総点検等を求める申し入れ』を行いました。それにもかかわらず、当時の自民党政府は、何らの有効な措置もとってきませんでした。

 福島原発事故により、国会が設置した事故調査委員会(黒川清委員長)では、「事故は自然災害ではなく明らかに人災だった。政府、規制当局、東電は人々の命と社会を守るという責任感が欠如して
いた」とする報告書をまとめました。
 報告書では、「事故の根源的な原因は、東京電力福島第1原発が、地震にも津波にも耐えられる 保証がない、脆(ぜい)弱(じゃく)な状態だったことと推定される」「今回の事故は、これまで何回も対 策を打つ機会があったにもかかわらず、歴代の規制当局と東電経営陣が、それぞれ意図的な先送 り、不作為、あるいは自己の組織に都合のよい判断を行うことで、安全対策が取られないまま、3月 11日を迎えたことで発生した」とあります。また、この『意図的な先送り、自己の組織に都合のよい 判断』の中には、自民党の族議員、県市町村と、東電との癒着・利権があったことが、多くのメディア によって明らかにされています。

安全な原発などは、ありえない

 合わせて、『安全神話』を一掃し、原発事故の危険を最小限のものとする最大限の措置をとったと しても、安全な原発などはありえず、重大事故の起こる可能性を排除することはできないということを 強く認識する必要があります。

 『安全神話』を一掃するということは、原発の危険性を認めるということであり、過酷事故の起こる 可能性を(確率の大小は別として)認めるということになります。これは、IAEA自身が、過酷事故が起 こった場合を想定した対策を求めていることにも示されています。
 政府が、今回の福島原発事故を教訓にして、いくつかの対策をとったとしても、「これで原発は安全 になった」という宣伝を繰り返すなら、また新たな『安全神話の誤り』に落ち込むこととなります。
 どんな技術も、歴史的・社会的制約のもとにあり、『絶対安全』ということはありえません。まして、現 在の原発は前記したように、本質的に未完成で脆弱(ぜいじゃく)なものです。そして、ひとたび事故 が起きた場合には、他に類をみない『異質な危険』が生じることも、私たちが今回の福島原発事故に よって“体験した事実”です。

 安全な原発などは、ありえません。ひとたび重大事故が起きれば、とりかえしのつかない事態を引
き起こす原発を、地震・津波の危険性の高いこの日本の社会で許容するのか。「現在の原発と日本社会は共存しうるのか」が、福島原発事故をきっかけに、いま問われています。

 
 
 
 
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